映画がはじまってタイトルが出るまでのたった3つのシーンによって、杏奈がどんな女の子なのか描かれてしまって、すばらしい。室内に置かれた空気清浄機や、出発前に渡してくれるみかんといった細かなディテールが、自分の体験と重なってリアリティを補完する。もうこれだけで涙腺が緩むけど、療養先の家に着いた瞬間から、だんだんと違和感が生まれてくる。杏奈は、思ったことをすぐ口に出してしまう。そんなやつはいないのだ。スタジオジブリのきれいな背景画や食卓の風景に、感情移入できるくらいリアリティを感じながらも、杏奈が声を出してひとりごとを言うたびに違和感が大きくなる。ひとりごとだけじゃない。マーニーとの約束のシーン、「永久に」という言葉が引っかかる。永久は書き言葉だ。永久なんて、普通は声に出して言わない。共感できる要素が重なったリアリティのなかで、たくさんの違和感によってパラレルワールドのように分岐して、映画の世界がわたしたちの世界からゆっくりと離れていく。
この世には、目に見えない魔法の輪がある。輪には内側と外側があって、私は外側の人間。
と、自分たちの世界をわかっていた杏奈が、湿っ地屋敷というわからないものに触れることによって、もっと世界の奥行きを感じられるようになったように、映画を観ているわたしたちもまた、ファンタジーなのか、夢なのか、わたしたちの世界の延長なのか、わからない世界観によって、この映画にとってのリアリティを探る豊かな時間のなかで、杏奈の成長の物語を追っていくことができる。そうしていると、物語の終わりに近づいてきて、杏奈がだんだんひとりごとを言わなくなっていることに気がつく。無表情だった表情に変化がついて、泣くことができるようになっている。人と面と向かって話せるようになっているし、謝ることもできるようになっている。
なんて素敵な映画なんだろう。星10個。★★★★★★★★★★ #映画