歯を磨きながら腹を壊している
ブラザーに 今すぐなる
2014/06/12
レジに並んでる間に
使い捨てカメラを手に取って、レジでその使い捨てカメラ分の代金を余分に支払った。
2014/06/11
スーツが似合うように髪短くしたのに学生に間違えられるのつらい
慰みに
髪をばさっと切ったら気分は良くなった。なにせ色々な人に髪切ったと言われるのだ。口紅を塗ると水原希子を意識しすぎた人のようになって、それも、その自意識過剰さがいいと自分で思う。自信がないことの裏返しでおそろしく卑屈であるため、足元が大きくぐらつく。
積み上げた、毎日の日付.txtも、インターネットをただよう日報も、わたしの存在の断片で、そもそも誰にも読まれていない、視界に入っていようが意識して読まれていないテキストなんて無いと同然ではないだろうか、こういう考え方が「おそろしく卑屈」である所以である。今更直せない。
同じ人間がそう簡単に変われるものか。
https://www.youtube.com/watch?v=ZoVPf514YHk
「泣きたくなる様な安っぽい話」を豪雨の野音で聴いた日のことを思い出して、それでも泣けてきてしまうのは人生の安っぽさに立ちすくんで負けてしまうからだよねえ。最大限に苦笑いしてテン年代を自分なりに生きてるつもりでもどこにだって行けないよ。
豪雨の野音でも足音はぐらついた。ただし卑屈さのためでなくダンスミュージックで。
エッジの効いた音楽。YMO、「公的抑圧」より、「THE END OF ASIA」。そう書いてある。
2014/06/11
誰もが前向きで明るく大きな声ではつらつとしていたら、生物多様性の観点から人類は滅亡してしまうと思う。もっといろんな人がいることを認めてくれればいいのに。だから、あらゆる人のネガティブな気持ちを自分が代表して味わっていると思えばこの理由もない真っ暗な気持ちにも意味があって良いのではないかと思ったが、よく考えたら川崎市の20代ネガティブ代表を名乗るにはあまりにも周囲の環境に恵まれすぎているし、あまりにも幸せすぎると思った。俺んち浴室乾燥機ついてるし。
もっと自分を大切にしないといけない。最高の20代にしないといけない。原点に立ち返ってみて、理想の将来はどういうものかと思うと、やっぱりそれは誰かに愛される(具体的に何をしてほしいのかはよくわからない)ということなのだから、やっぱりその実現に向かって元気出して、毎日取り組んでいるなんだかよくわからない何かをひたすら一生懸命やるということしかないと思った。それがいったい何にもならなくても、いったいなんなんだかよくわからなくても、ただひたすらずっと何かがもうどうしようもなくてもなんだかずっともう、ずっと、なんだかひたすらもうずっと何かが、いったい、ずっと、もう、ただ、ひたすら、なんだかよくわからないのだった。