慰みに

髪をばさっと切ったら気分は良くなった。なにせ色々な人に髪切ったと言われるのだ。口紅を塗ると水原希子を意識しすぎた人のようになって、それも、その自意識過剰さがいいと自分で思う。自信がないことの裏返しでおそろしく卑屈であるため、足元が大きくぐらつく。
積み上げた、毎日の日付.txtも、インターネットをただよう日報も、わたしの存在の断片で、そもそも誰にも読まれていない、視界に入っていようが意識して読まれていないテキストなんて無いと同然ではないだろうか、こういう考え方が「おそろしく卑屈」である所以である。今更直せない。
同じ人間がそう簡単に変われるものか。

https://www.youtube.com/watch?v=ZoVPf514YHk
「泣きたくなる様な安っぽい話」を豪雨の野音で聴いた日のことを思い出して、それでも泣けてきてしまうのは人生の安っぽさに立ちすくんで負けてしまうからだよねえ。最大限に苦笑いしてテン年代を自分なりに生きてるつもりでもどこにだって行けないよ。
豪雨の野音でも足音はぐらついた。ただし卑屈さのためでなくダンスミュージックで。

エッジの効いた音楽。YMO、「公的抑圧」より、「THE END OF ASIA」。そう書いてある。

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