チェルフィッチュ「スーパープレミアムソフトWバニラリッチ」

コンビニエンスストアというわたしたちの日常のなかにある異常な場所に、店員がいて、店員を管理する店長がいて、店長を管理するエリアマネージャーがいて、客がいて、客じゃない人がいる。そのことを、コンビニの間取り図が敷かれた舞台の上で、飲み物やおにぎりの冷蔵庫の写真がプリントされたカーテンと、MIDI で打ち込まれたような抑揚のないバッハの音楽によって、コンビニを再現しようとする。

搾取だよね、搾取させられてるわけなんだよね、そういうのって要するにさー、まあ、そういう認識たぶん持ってないよねきみたちは、そんな認識ありませんーって顔だもんねー、今の格差ひろがる一方の日本の社会の、こういう最低の現状に対する不満とか怒りとか、特にありませんって感じだもんねー、きみたちの顔見る限りねー、すごいのほほーん、ふにゃふにゃーっとしてるもんねー、そういうのが僕なんかには全然信じられないんだよねー、どうして怒んないのかなって思うんだよねー、もっと怒っていいんだよきみたちとかほんっとにさー、きみたちが怒んなきゃだめなんだよこんな状況さー、変えなきゃいけないんじゃないかなきみたちがさー、怒ってさー、最低じゃないこの状況さー、どうなのかな、最低だっていう認識はないのかなー、最低なんだよこれきみたちの置かれてる状況、賃金とかそういった面でもさー、もっと大事な精神的な面でもさー、最低だよこんな空っぽなさー、無駄に煌々と蛍光灯が照らしつけてさー、ひたすら虚しい場所なわけじゃないコンビニなんてさー、この現代社会のさー、不毛さのさー、まったく、象徴みたいな場所なわけじゃない?

こんな調子の台詞が延々と続くんだけど、こんな極端な人はいない。でも、心のどこかで、そんなふうに思っている自分もちょっとはいるよなって思う。店員が考えてること、店長が考えてること、エリアマネージャーが考えてること、客が考えてることも、それぞれ過剰に偏った考えだけど、どれもすこしづつわたしたちの心のなかにちょっといる。みんな「最低」なコンビニに生きる日本人なのに、どうしてわかりあえないんだろう。 #演劇

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