忘れて薄くなってしまう前の記録
手術が終わって目がさめるとお腹がめちゃ痛くて歯がガチガチ鳴って、目がさめてすぐは、麻酔を吸って眠りに落ちた後だということも気づかなかったけど、次第に気づいて、手術が終わったんだと思った。6人部屋ではなくICUへ運ばれて、痛み止めの点滴を打ってもらってようやく痛みが3割くらいになったけど、ずっといろいろつながれたまま寝たきりなので、背中がめちゃめちゃ痛かった。寝たきりの老人はほんとうに辛かろうと思ったし、これからは少しは病気や怪我の人の身体の痛みを想像できるようになると思った。
時々自由なほうの片腕を使って、身体を横に向けたりして、なんとか背中の痛みをやわらげた。夕方まで水を飲む許可が下りなくて、母や看護師さんが紙コップに水を入れて、綿に水をふくませて唇や口の中をぬらしてくれた。申し訳ない気持ちでいっぱいになりながら、母に背中を押してもらったりさすってもらったりした。
目が覚めたのはお昼前で、その次の日までは寝たきりなのを知っていたから、とにかく時間が過ぎるのを願って待っていた。
水が飲めるようになってから、少し楽になった。ポカリスエットも大丈夫だったので、母にお願いして買ってきてもらった。寝た人が水を飲むための水差しのようなものに入れてもらって、途中からは看護師さんが寝たまま自分で飲むための上手な持ち方を教えてくれて、自分で飲めるようになった。
看護師さんは時間制で担当が交代になるのだけど、中でも特別優しくて気の利く看護師さんが2人くらいいて、本当に天使とか女神とかみたいだなと思った(でももちろん、人の身体を支えたりしなければならないので、力持ちだったし、自分の手が汚れることもためらいがなかった。)
長い寝たきりの日を終えて、ごはん解禁のためにベッドを起こしてもらったとき、体ががちがちになってぜんぜんうまく動かなくなっててびっくりしたし、背もたれが上がっただけでしばらくへとへとで、ごはんが目の前にあるんだけどしばらくじっとしていた。痛みでお腹がすいてるのかわからなかったのだけど、まずヨーグルトを食べてみた。おいしかった。もう少し食べられると思ったので、味噌汁を飲んで、ごはんを甘くなるまでよく噛んで少しだけ食べた。
この時までよかったのだけど、食事を終えて薬を飲んだ後、突然しゃべれなくなるほどの痛みの発作があり、苦しくて額から脂汗がたくさん出てきた。痛み止めの点滴をしてもらいながら、十数分かけてだんだんおさまってきた。おさまった後は、痛くないのがどれだけ幸せで自由でなんでもできそうなものなのか、心から味わった。
その後医者の先生に聞いたけど、原因がわからず不安で、先生がいなくなった後涙が出てきたら、看護師さんが涙を拭いたり目を温めるための蒸しタオルを渡してくれて、ずっと笑顔だしまじで天使だなと思った。
その後は落ち着いていて、6人部屋に戻ってきて、お昼過ぎには全部の管をはずして、自分で移動できるようになったし、顔も洗った。まだ背すじをのばして歩けないけど、だんだん背中をのばせるように痛みがなくなっていくことを期待。明日のお昼頃に退院できそう。
食事解禁後はじめて食べたヨーグルトがおいしかったので、明日の朝もヨーグルトがあるといい。
普通に外出できるようになったら、この間、髪を切った後に見た帽子や、新しい靴を買いたい。
向かいのベッドの抗がん剤の女の人を仕事帰りに訪れる旦那さんが、「こんばんは」と言ってカーテンの中に入っていくのがいい。
女の人は、今日旦那さんが来た時「痛い、痛い」とずいぶん辛そうだったけど、おさまったようでよかった。
9時なので灯りが消えた。
今日より明日のほうが良くなっている、という気持ちで、毎日明日に希望を託している。