もう一度咬みつけよ、
ファッションに明るいつもりではないけどそこそこ関心があったので、この煽り文句には射抜かれた。いつかのファッションニュース。もう一度咬みつけよ、ヨウジ。そしてそのコピーを見た熱心なカラス族の、でももう川久保玲に興味の無い母はぽつりと「咬みつけるかね、その老体で」と、はっきり発した。
ファイティングポーズの重要性。
先日仕事中に漏らした言葉に、眼前の天使が反応した。つまり「仕事をやってないと説得力が無い。ならば、自分は一番仕事をしていたい」のだと。その理由は「誰にも文句を言われないため」なのだと。それは自由を得るための闘争だと感じた。私のように日陰でぐちぐちと言うだけの卑怯者の戦いではない。
私はもうファイティングポーズをとれないと思う。おそらく。先日の対峙で私は木っ端微塵に砕けた。自嘲気味な、盛大な苦笑いのポーズもおそらくとれない。
居ない人間が欠席裁判気味に非難されるところを見たのだ。何度も。それは火炎瓶を投げ込むような、鴻上尚史の演劇の言葉を借りれば「正しくない戦い」だと思う。正しくない戦いのなかで正しい戦いの動作を取ること。正しくファイティングポーズをとること。私にその勇気はない。
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