2014/09/23
冗長な文章が、意味のない言葉の羅列が、ポエムだと揶揄されようと、それがいったい何の役に立たなかったとしても、わたしのために書いたっていい。書くことがわたしに寄り添ってくれたっていい。白米をフォークの裏にのせて食べる仕草を見て感動した。それからコンビニでビールを買ったが、お金を渡す前に400円お預かりしますと言われて驚いた。どういう能力なんだ。
自分の身のまわりのことを世界と呼ぶ人がいて、自分の身のまわりが世界と繋がっていると思う人がいて、まぎらわしいので、ここでは手が届く範囲のことを物語と呼んで、その外側を包んでいるものを世界ということにしたい。その上で、誰もが、それぞれの物語からどうやっていなくなることができるのかを考えているように見える。そうやって、わたしの物語からいなくなった人たちのことを考える。どんなに深く関わっていても、やがて毎日会うこともなくなって、一日のなかで思い出す瞬間もなくなったら、わたしにとって死んだことと同じのような気がする。わたしだって、誰かの物語で毎日死んでいる。毎日生まれている。生まれ変わりを繰り返している。
朝の満員の田園都市線はうんざりしかないけど、終電近くの満員の田園都市線には不思議な連帯感のようなものがある。その電車の片隅で、正しい人になるなんてもうやめようと思った。吊り革を持つ手がしびれて、人体は抱きあったまま眠れないようにできていることを思い出した。
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