昔から絵を描くのが下手だったし周囲の人間たちはやたら家柄に恵まれているように思えたし(友人の一人のお母様は確か美術の授業を見に来ていた、あれは今考えるとすごいことだ)、当時の日記を読むとまさしく中二病で泣きたくなるけどそのぐらい切実だった。絵を描いても描いてもうまくならなくて辛かった。辛かったので逃げた。何度か本気で血とか才能のせいだと思った。努力も才能にカウントする程度には卑屈なので、それをひっくるめて血腥い才能のせいだと思っていた。大学の学部を決めるときに母親に「あんた、才能がないから」と軽く言われたことが後々まで尾を引いた。お互いがお互い、これで傷つかないだろうという言葉が決定打になる。私も母を傷つけたことがある。
その頃、twitterが無くて本当に良かったと思う。高校1年生の、嗚咽と絶叫なんて紙の日記で十分だから。あの時鬱屈がピークに達して一日中泣いていることもあった。泣きすぎると頭痛がひどいのだということをその時知った。ステッドラーの鉛筆は片っ端から折った。画材の類は全て捨て去った。コピックは大学の部室へ。アクリルと水彩はゴミ箱へ。キャンバスは切り裂いて、紙に描いたイラストも捨てた。それから、なにも残らなかった。
なんでそれを思い出したのかといえば、pixivを見ているからだ。見ていると血と才能に飢えていたころを思い出す。どうあがいても手に入らなかったものがたくさんあった。手に入れようとしてなかったと思う。
さっき地上波でエヴァやっててちらっと見た。一つ一つの、そういうシーンが私のような治りきってないトラウマに優しく触れて根付くのだと思った。救われるぐらいなら巣食われないほうがいいと思う。そのようにして私は自己評価が適度に低い、そこそこ卑屈な人間になったのかなと今わかった。

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