マームとジプシー「てんとてんを、むすぶせん。からなる、立体。そのなかに、つまっている、いくつもの。ことなった、世界。および、ひかりについて。」

朝、渋谷、会社のあるビルにむかうために渡る大きな横断歩道の下を、たくさんの車が通り過ぎていくのを見て、この車のひとつひとつに人が乗っていて、それぞれに生活があって、これから車に乗ってどこかへ向かうんだ、とか、思う… そして、自分もまた同じように会社へ向かう、生活する点のひとつなんだと思う。渋谷の駅を、上空 100m ぐらいから、100m じゃ足りないかもしれないけど… 上から見下ろしたら、それぞれの違いも見えなくなって、ただたくさんの点がうごめいているんだろう。

こんなことは、ナイーブすぎて、ちんこの小さな話だと思います。だから誰にも言わない(言ってるけど)。しかし、実際に自分はいつだって、そうやって自分なりに世界を見つめているつもりでいる。だから、2ヶ月に1回ぐらいのハイペースで開催されるマームとジプシーの公演は、僕にとって誰にも話せない話を聞いてもらえる、カウンセリングのようなものだ、と思う。

自分の腕に新しくほくろができたこと。そこからはじまって、友達が家出したこと。同じ街で幼い女の子が殺されたこと。さらに、ニューヨークで飛行機がビルに突っ込んだこと。そして、10年後に震災があって、どこかの街が流されてしまったこと。すべてのできごとが、わたしと関係していること。関係していると想像すること。やっぱり想像なんかできないこと… 世界とわたし、社会とわたし、自分とわたしの関係を考えることは、全然間違っていないのだと勇気づけてくれる。そういうカウンセリングだ。

僕が考えていないあいだに、ほかの誰かが、わたしと世界の関係について考えてくれている。だから、いつも号泣してしまう。なにも信じられない僕のための、これが僕なりの宗教なのかもしれない。 #演劇

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