2014/07/21

午前0時、二子玉川の駅前の交差点でバナナ豆乳を飲みながら信号が変わるのを待っていると、戦場のメリークリスマスが聞こえた。音がするほうを見たら、なんか知らない人のサンダルが雨に濡れたタイルにすべって音が鳴っているだけのようだった。それがピアノの音みたいに聞こえたのかもしれないと思った。

僕は、映画を観たり、演劇を観たり、小説を読んだり、漫画を読んだり、音楽を聴いたり、誰かと話したり、体験したできごとのなかから、自分が何を見たのか、どう思ったのかを、ひたすら言葉にしていかなくてはいけないと思った。言葉にしようと思って見ることで、見過ごしてしまう細部を漏らさずに、近視になっているものを俯瞰して見つめることができそうな気がした。言葉そのものはなんの役にも立たないけど、言葉にしようとするプロセスや、言葉にすることを前提に見ることは、なにか自分を助ける手がかりになりそうな気がした。

それから、隣町の自宅へ向かって橋を歩いた。歩きながら自分はどうしてこんなに軟弱なんだろうと思った。他人の人生に僕が関係なくなってしまったら、それは死んでいることと同じだなということについて考えた。夕方にめちゃくちゃに降った雨で川は勢いよく流れていたけど、暗くて水面は見えなくて、橋の上からその水の量はただざあざあという音でしかわからなかった。

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