2014/03/18
104歳のひいばあちゃんが死んだ。ほとんど水しか体のなかに入れることができない状態だったから、もう長くないことは明らかだったけど、生きてるうちに長崎へ会いに行く出発の前日に亡くなってしまった。
ところで、ひいばあちゃんは3年前の101歳の誕生日に短歌を詠んでいた、ということを知った。
百一歳 余生は楽し
願わくば
ルンルンポックリを
叶え給えよ
すげえな、と思ったけど、実際には心臓が20分止まったあとに息を吹き返したりして、とにかく最期までなんとか生きようとする意思があったようだった。
僕の両親は長崎の島で生まれて、お見合いして結婚し、僕もその島で生まれた。島では生まれただけで育ったのはずっと横浜だったけど、親戚はみんな長崎にいて、亡くなった104歳のひいばあちゃんのほかにも、95歳のばあちゃんと、86歳のばあちゃんに会った。そのほかにも、ひいばあちゃんの娘のばあちゃんとじいちゃん、父親の兄のお嫁さんの姉妹のばあちゃんたち、そのばあちゃんの息子のおじさんとお嫁さんのおばさん、父親の兄がお世話になってるばあちゃんとじいちゃん、父親と母親の仲人の人のお嫁さんのばあちゃん、なんかよくわかんないけど車で運んでくれたじいちゃん、母の弟の彼女のおばさん、といったようにありとあらゆる人に会った。
僕は、僕がそう思えば野垂れ死んでもかまわないのではないか、実際に死ぬかどうかは別としてそういう選択もできるんじゃないかとなんとなく思っていたけれど、さまざまな自分と関係のある人たちと会ううちに、この島で生まれた瞬間から自分はこの家系のなかに組み込まれていて、うっかり死ぬことが許されないような社会との関係がはじまっていたんだな、ということに気づかされた。
家系は、どうやって生きていいかわからなくならないための、洗練されたフレームワークなのかもしれない。そんな大きなフレームワークのなかに積極的に入っていくのも幸せなのかもしれないな、そのためには結婚しないとならないし、結婚するには貯金しないとな… とか思いながら、濃くて4日間に及ぶ親戚に会いまくりツアーから二子新地に帰ってきたのだった。あしたも、当然のようにこの駅から渋谷に向かう電車に乗るけど、僕が、こうやって好きな場所に住んで好きな仕事をすることが、まったく自然に思えない。あらゆる事柄に、関係に、残り時間が決められているような気がする。なんだかなあ。なんだかなあって感じだけど、ひとつづつきちんとルンルンポックリしていかないとならないんだろう。この世の理不尽さは、そういうことすべてを試されている修行なんだろう。