やっとインターネットが繋がるところに戻ってきた...。
ブラザーに 今すぐなる
2015/04/10
マームとジプシー「ヒダリメノヒダ」
学校で授業を受けているという設定で、人間と同じくらいの大きさの蛙の目玉を、実際に舞台上で解剖する。手元の様子はビデオカメラで撮られていて、舞台の上に設置されたスクリーンにリアルタイムで中継されている。うわー、という感じだけど、グロテスクには見えない。それよりも、ナイフで切られた目玉から飛び出す水がきらきらと光っていて、きれいにすら思える。同じ仕組みを持った自分の目玉で見つめながら、どうして目は見ることができるのか説明される。その横を、体の一部が不自由な設定の登場人物が、何度も足を引きずって観客の視界を横切っていく。当たり前のように思える自分の身体が、いつ壊れてもおかしくない脆さを感じる。
舞台が大音量のノイズとともに突然暗転し、写真を現像する機材が運び込まれて、あっという間に舞台が暗室になってしまい、実際に写真を現像しながら演技がつづけられる。見ること、写真を撮ること、現像した写真を見ること。写真は自分が見たことを証明するが、同時に視力の弱い左目で見た幼少期のあいまいな記憶のエピソードが何度も繰り返し話される。
また舞台が暗転し、荷台に載ったドラムが運び込まれる。実際に片足が不自由なドラマー(山本達久)が舞台に登場して、さきほどの登場人物の演技のように歩く。演劇の一部として、ドラムを教える。教わった役者のひとりが、山本達久の動きを見て覚えて、同じようにドラムを叩いてみる。
舞台が暗転する。舞台の中央にはちゃぶ台が置かれていて、妹と兄、妹の友達の女の子の食事が終わった風景がはじまる。妹が気を利かせて舞台から出ていくと、妹の友達の女の子が兄に告白するシーンが演じられる。ふたりが触れあったところで、ビデオで巻き戻すみたいに、告白のシーンを途中からまた演じはじめる。
自分たちが見ているものを疑うこと。さらに、生きていることさえも疑うこと。できるだけここから遠い場所へどうやって行くことができるのか。マームとジプシーの各公演で繰り返し演じられる別れのシーンも、人間が変わってしまうことは当然であるかのような、むしろここから出発することのうれしさのような、開き直りすらも感じられる。とにかくたくさんの情報量があって、整理しきれないすごい演劇。いま自分にとっていちばん興味があること、これがおもしろいと思えることが、たくさん詰まった時間だった。
7分間ワークアウト32日目
よくわからないことばかりじゃよ
2015/04/09
赤毛のアンもローニャも終わってしまったので、セーラームーンを録画しはじめました。
2015/04/09
今朝は体がむちゃくちゃ重かった。恐らく帰る時間が遅くなって休む時間が短くなったからだろう。根性だ!!!と思いとにかく服を着てなんとか出勤。更新を楽しみにしていた動画がアップされていたので電車の中でそれを楽しんでいるとあっという間に着いた。気持ち悪くもならなかった。すごい。何を食べたい!という欲求が相変わらず生まれないので積極的に弁当を取りに行く。らむぱいせんと食べて面白かった。そしてお昼寝もできて安心した。5時くらいにぷつっと集中力が切れてしまったので、やっといた方がいいようなことをぽつぽつやって定時ダッシュ。半身浴した後に力なくなってばってりたおれているいま。今日は全体的にいいかんじ。