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ブラザーに 今すぐなる

2014/03/19

iTunesライブラリを2つに分割するというへんな運用の仕方してたのを元に戻そうとしてるけど、追加日情報を維持しつつマージするのが難しいらしく、つまらないことなのになんだかすごくつらい。

ライブラリ

  1. でかいライブラリ
    • 昔から使っている大きなiTunesライブラリ
    • NAS上に置いてる
    • 全部の曲はここに入れるルールにしてたけど、更新が追いつかずいつの間にか破綻
  2. 小さいライブラリ
    • MacBookに置く用の、よく聞くやつだけ入れたライブラリ
    • ここ数年は完全にこっちしか使ってない
    • ここ2年くらいのファイルはこちらにしか存在しない

つらさ

  • 小さいライブラリにしかないデータを、でかいライブラリに突っ込めばいいのだけど、 追加日の情報は移行されない
    • 追加日情報、日記みたいなものだからあんまり失いたくない
    • 気持ち的なところをのぞいても、ソート順で追加日をよく使っているので不便になる
  • はやくライブラリをマージしたいという気持ちもある

どうする

  1. 追加日情報あきらめて捨てる
  2. あまり使ってなさそうなフィールド (説明とか) に追加日情報つっこむ
  3. 2014-03 みたいなプレイリストを作りまくる
  4. 他何かいいアイデアありましたら教えてください

ああもう

  • 寝る
12

春のひ

今日は走って喋って歩いてたくさん歌って、すごく楽しかった。
体動かすのっていいよね。

3

2014/03/18

104歳のひいばあちゃんが死んだ。ほとんど水しか体のなかに入れることができない状態だったから、もう長くないことは明らかだったけど、生きてるうちに長崎へ会いに行く出発の前日に亡くなってしまった。

ところで、ひいばあちゃんは3年前の101歳の誕生日に短歌を詠んでいた、ということを知った。

百一歳 余生は楽し
願わくば
ルンルンポックリを
叶え給えよ

すげえな、と思ったけど、実際には心臓が20分止まったあとに息を吹き返したりして、とにかく最期までなんとか生きようとする意思があったようだった。

僕の両親は長崎の島で生まれて、お見合いして結婚し、僕もその島で生まれた。島では生まれただけで育ったのはずっと横浜だったけど、親戚はみんな長崎にいて、亡くなった104歳のひいばあちゃんのほかにも、95歳のばあちゃんと、86歳のばあちゃんに会った。そのほかにも、ひいばあちゃんの娘のばあちゃんとじいちゃん、父親の兄のお嫁さんの姉妹のばあちゃんたち、そのばあちゃんの息子のおじさんとお嫁さんのおばさん、父親の兄がお世話になってるばあちゃんとじいちゃん、父親と母親の仲人の人のお嫁さんのばあちゃん、なんかよくわかんないけど車で運んでくれたじいちゃん、母の弟の彼女のおばさん、といったようにありとあらゆる人に会った。

僕は、僕がそう思えば野垂れ死んでもかまわないのではないか、実際に死ぬかどうかは別としてそういう選択もできるんじゃないかとなんとなく思っていたけれど、さまざまな自分と関係のある人たちと会ううちに、この島で生まれた瞬間から自分はこの家系のなかに組み込まれていて、うっかり死ぬことが許されないような社会との関係がはじまっていたんだな、ということに気づかされた。

家系は、どうやって生きていいかわからなくならないための、洗練されたフレームワークなのかもしれない。そんな大きなフレームワークのなかに積極的に入っていくのも幸せなのかもしれないな、そのためには結婚しないとならないし、結婚するには貯金しないとな… とか思いながら、濃くて4日間に及ぶ親戚に会いまくりツアーから二子新地に帰ってきたのだった。あしたも、当然のようにこの駅から渋谷に向かう電車に乗るけど、僕が、こうやって好きな場所に住んで好きな仕事をすることが、まったく自然に思えない。あらゆる事柄に、関係に、残り時間が決められているような気がする。なんだかなあ。なんだかなあって感じだけど、ひとつづつきちんとルンルンポックリしていかないとならないんだろう。この世の理不尽さは、そういうことすべてを試されている修行なんだろう。

217

僕は

しんどくなりながら、家に帰るのに、
アパートは僕を嘲笑うようにクスクスと笑っているような気がしてしんどい。

実家はそんなことはなかった。どんなつらいときも馬鹿なことをしたときも優しかった。

14

ネロの

パッと見は謙虚に見えるけどほんとは自信満々すぎてダメだったときに目の前が真っ暗になる感じ、自分を見てるようだ。

3
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