リップヴァンウィンクルの花嫁
思い返せば、これまで、どこかで見たことあるようなシーンに遭遇してきた。自分がそうしたいと思うより先に、システムとして必要な、手続きのためにある時間を生きることがあった。学校に入るときには入学式があったように、会社に入るときには入社式があったように、もっと実際にはそれらよりも小さな粒度で、生活のなかにあちこち、そのようなシーンが溶けていて、気づかなかった。
これまでの社会は、それぞれの多様性を無視することで成立していたのではないか。かつてそれぞれが持っていた、ひとことではあらわせない、ある豊かななにかを、誰もが経験したことがあるもの、ほかと交換できるものに置き換えることで、なにかを圧縮して、データサイズを小さくして、流通しやすくしてきたのではないか。だんだんと、さまざまな価値観を認める時代に変わってきて、それでも社会はそのまま維持するなんてこと、できるんだろうか。
これから、まだ誰も経験したことない時代がはじまる。これまでは、友達がいれば幸せだった。恋人がいれば幸せだった、結婚すれば幸せだった。誰かと、心からつながりたい。コミュニケートしたい。会話がしたい。肌に触れたい。うまくいえないけど、君になりたい。このまま働いていても、どうやら親たちの年収を超えられそうにない僕たちによる、新しい社会がはじまる。
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