まめぶろで飲みの約束するの、オフ会っぽい。
ブラザーに 今すぐなる
2014/07/03
2014/07/03
「がんばる」という言葉は、あえて重さや具体性に触れないで、重みを少し軽くする言葉として選ばれるときもあるかもしれないですね。
そんな僕は
日報の最後に明日もがんばりますとよく書いていますw
mさんありがとうございます。
最近そこまで話してないので飲みいきましょう。給料日後に!
これは同意を得られないことも多々あるんだけど
わたしは「がんばる」という言葉が好きではない。
言葉が好きじゃないって言うより、その言葉を本気で使っちゃうその軽過ぎる気持ちが、なかなか理解できないのかも知れない。
まず、「がんばる」という感情があるなら、もっと具体的な動詞が自分の言葉や文章から溢れ出てしまうはずだし、何より、本当に「がんばる」気持ちがあるのなら、もう既に何か始めてるはずだ。なんでちょっと未来な感じなんだ。
あと、「がんばる」とか「努力する」っていうのは、他人が判断するものだと思ってる。本当にがんばってる人は、見てればわかる。
例え自分が「わたし、がんばってる!」と感じていたとしても、それを口になんて出来ないはずだと思う。本当にがんばりたいのなら目標は「素晴らしいゴール」のはずで、そこにまだたどり着いてない段階に居る自分を恥じると思うからだ。だから、いわゆる頑張ってるアピールを見かけると、静かに憤る。
でも、今回まさしく、「そう、これが”がんばった”っていうことだ!!」と思ったことがあって、
それは、おすしが仕事でめっちゃ努力したってことを、あちゃちゃんの日報かなんかで知ったこと。
がんばっていたら誰かに絶対に伝わるはずだし、誰かの心を変えると思う。
言葉じゃなくアピールでもなく、態度で、大切なことを教えたっていうのは、本当に本当に素晴らしいと思う。(詳細は知らんけど)(あと上からな言い方で非常に申し訳ないけど)
っていうのを、日報に柔らかく書こうと思ってたんだけど、完全に忘れて、最終的には童謡の話をしてた。
個人の意見です
とは言え、こんなことで憤ってたらどう考えたって早死にするし、器狭過ぎる自分も虚しいので、
広い心を持ちたい。
2000